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占星術は「運命に抗うためのツール」?

このサイトを運営してきて最も興味深かったのは
「占星術に抗って人生を変えてやる」
と仰って鑑定結果にことごとく反発を示された方がいたことでした。

よくいる「運命否定論者=占いそのものを否定する」方なら、まだ分かります。

そうではなくて、ご本人も相当の占い好きで占星術にも精通されていたので訳が分からなかったものです。
「運命など関係ない。人生は全て自分で決める」と主張するなら、そもそも占いなどに興味を持つのはおかしいでしょうに……。

筋が通らないと言うか、主張が完全に矛盾していますので応対に苦慮しました。

不思議なその方の心理をなんとか解読しようとして考えていて、もしかしたら、彼女は挑戦する対象を求めて占星術を勉強されているのかもしれないと思い至りました。
つまり彼女の敵は「運命」であり、その敵を探る手段として占星術を用いているということ。

※実際、ASC射手座の方でした。射手座は何かしら反発しチャレンジすることを生き甲斐とします。その反発の対象が彼女の場合はなんとビッグな「運命」だったのかもしれない。

まあ、いろんな方がいるものです。
しかしこのような方はむしろ占星術などあまり知らないほうが幸福になるのかもしれません。
地図に示された「最善の道」にわざわざ反発して遠回りをするくらいなら、知らないほうがまだ近道を行けるのかもしれないからです。


西洋占星術を「運命に抗うためのツール」として使えるか

ところで現実に、占星術は「運命に抗うためのツール」となり得るのかどうか、を考えてみます。

これには根本的に、占いというものに対する二種類の考え方から分類していかなければならないと思います。

すなわち

A. 占いとは災害時のハザードマップのようなものであり、危険回避と新しいルート選択のために与えられる指標である(目的地やルートはそのつど考えながら選ぶ)

B. 占いとは航海図のようなものであり、目的地と最善のルートがあらかじめ示されている(目的地は航海計画として出発時点で既に定められている)


の二種です。

占いを「運命を変えるためのもの」・「抗うためのもの」と考える方は、どちらかと言えば【A派】だと思います。

占いを「変えられないもの」あるいは「変えるべきではないもの」と考える方は、【B派】でしょう。


以上は一見、個人の考え方によって選択出来ると思われるかもしれません。
ところがそれこそ間違いで、占いというものはその種類によって最初から【Aタイプ】【Bタイプ】に分類されます。

たとえば東洋の占いは概ね【Aタイプ】と言えます。
東洋人は、危険回避や運勢を良くするために占いというツールを用いる傾向があります。
何故そうなったのかと言うと、東洋、主に中国には絶対神や絶対真理という確かな保護者がなかったために、人間が己の力で生き抜いて行くほかなかったからです。
「革命」という言葉に表れているように、駄目な君主にさえ神は罰を降してくれません。民衆が己の意志で暴君を罰しなければならない文化だったのです。

これとは逆に西洋には、絶対神または絶対真理という保護者がいました。
神に守られ、真理の核で全員が繋がれていたため、神(真理)の導くままに生きていけば安心だと皆が思っていました。またそうすることを求められました。
「バベルの塔」のように、悪い君主や国があったら天罰が降されることは当然と考えられます。聖戦は己の意志ではなく神の命令。だから彼らにとって正義は覆すことの出来ないもので、覆すためには先に神を殺さねばならないわけです。


※先に「神からの手紙を読み解く“星読み”」としての占星術があったか否かで、このような思想文化の違いが生まれたのではないかと私は想像します。卵(占い)が先か、鶏(文化)が先かで言えば、卵が先ということです。


さて、西洋占星術は西洋の思想に発しているため明らかに【Bタイプ】に分類されることはご理解いただけるでしょう。

つまりそもそも占星術とは「神の意志」であり「真理」なのですから、人間ごときが動かせず・変えられないという性質を持つわけです。

だから「抗うため」に西洋占星術に興味を持つということは、根本から「お門違い」ということになります。

だいたい考え方として【A派】の人は、【Aタイプ】の占いを選びがちと思います。
【A派】であるのに【Bタイプ】の占いを選ぶ人は変わっていると言えるかもしれません。もちろんそれでも構わないのですが、【Bタイプ】の占いを【A派】の思考に無理やり当てはめるのは占いの解釈を歪めてしまう原因となるでしょう。

結論: 占星術は運命に抗うためのツールとしては使えない



運命には抗えないのか?

では思想文化から離れた現実問題として考えます。
現実に、占星術で出た結果に人は抗えないのでしょうか?

これは「運命に抗えるか否か」という大仰なテーマにも繋がります。
多くの西洋哲学者がこのテーマに苦しみ、近代に至ってやっと「神は死んだ」と宣言して運命に抗うことを覚えたくらいの大問題。
今さらこんなネットの片隅で解答は出せないと思いますが、あくまでも私の経験からだけ、申し上げておくことにします。

*

結論から先に言えば、占星術の結果には抗うことが出来ます

つまり、人は運命に抗うことが出来ます。

何故なら、その運命は自分で計画したものだからです。

※不思議なことではありますが、占星術に表れている運命は、生まれる前に自己で立てる人生計画に等しいようです。これはあくまでも私が自分の経験(前世体験と鑑定経験)から申し上げていることで、西洋占星術とも東洋の思想とも関係はありません。あえて言うなら仏教に少し近い考えかもしれない。


前述のチャレンジャーは私がこのように申し上げても
「誰がその運命を決めたかどうかなど関係ない。誰が決めたものであっても私は逆らう」
と仰っていたのでもはやお手上げ(笑)、「どうぞお好きにしてください」と言うしかなかったのですが。

実際のところ、好きにしていいんですよ。
自分で決めた人生計画なのですから変更するのも自由です。
選択の自由は完全に、自分自身にあります
この人生で試練を逃れて生きるのも自由。快楽だけ選ぶのも自由です。

でも一点だけ、忘れてはならないのは
「負債は負債」。
いつかは清算しなければならない義務があるのです。
つまり自分が過去にしたことの報いは、良いものであれ悪いものであれ、いつか必ず自分に返って来ます。負債を負ったなら、必ず償わなければならないということです。
その清算を今の人生で放棄したとしても、ただ先延ばしにするだけのことで結果は変わりません。
過去の負債から免れるということは永久にないのです。

卑近な例えで申し訳ないですが、この点、自己破産なんかとはわけが違いますね。運命の世界に温情をかけてくれる裁判官はいません。運命の債務に「免責」はあり得ないのです。


この世には神など存在しない、と私は自分の経験から思います。
(地上を見守りアドバイスをくださる高次の存在はあるようですが)
ただ感情の一切ない厳然たるシステムが存在するだけです。
宇宙は「−1」には「+1」で清算しなければバランスが取れないように出来ているようです。これは物理的なシステマティックな話なので、人間の意志や感情でどうこう出来るものではありません。
もしこの動かせないシステムのことを古代人が「神」と呼んだのだとしたら、確かにそれは存在するし抗えないものでしょう。もちろん殺すことも出来ません。

しかし忘れてはならないのは、この「神的なシステム」は外から押し付けられたものではなく自分の行動の結果なのであるということ。
自分、全てはこの一個で完結する世界です。
運命を与えるのも清算するのも自分。全て責任は自分にあります。

人間は完全に自由です。
自由であるということは、責任があるということです。

だから上の方は
「運命に抗ってやる!」
と仰ってどこまでも運命に反発するつもりでいましたが、それは全く自己責任で自由でも、いつかは清算する時が来るでしょう。むしろ先延ばしにしたぶん、遠い未来には苦労するかもしれません。

……ただ私が思うに、「分割払い」という手はあるかもしれないです。過去の債務を今生きているうちに支払えない場合は、分割で少しずつ払っていくのです。
だから苦しくて死んでしまいそうな時は、逃げていいんです。既に苦しいということを味わっているのだから、今世のぶんは払ったと言えます。生きているうちに払えるぶんだけ、少しずつ払えば良いのです。
一気に清算しようとして死ぬ必要などありません。
(死ぬことでは清算出来ません。生きている間しか負債を清算することは不可能だから、生きなければ意味がありません)


まとめ。占星術の使い方

なんだかお寺の説法のような話になってしまいましたので、占星術に話を戻してまとめます。

結局のところ西洋占星術は、どのような使い方をすれば良いのでしょうか?

「抗う」ために占星術を解読するのは根本から間違いである、ということはご理解いただけたと思います。

私が思うに、占星術は上の【B】として読むべきです。
つまり、「目的地を知るため」「どのルートを辿れば最も近道か知るため」です。

●何のために生まれたのか
●過去どのような負債を負ったのか
●今世をどう生きるのが最も良いのか
●死後、満足したと思える人生(着地点)とは

この大きな疑問に答えることが出来るのが、世界中の占いで唯一、占星術だけだと私は思っています。

特に私の鑑定はそのように読んでいただくために書いています。

せっかく大きな地図を描いていますので、アスペクトや小惑星などの細かいことに囚われずに、ぜひ航海計画書として鑑定書を読んでください。
目的地に辿り着きたいなら、細部に気を取られず大きく眺めるのが正しいでしょう。



2013/7/21筆